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『マイライフ』()は、かつて存在した日本の雑誌である〔''マイライフ''、国立情報学研究所、2012年6月29日閲覧。〕。東京都渋谷区の出版社グラフ社が編集出版した〔。1966年(昭和41年)10月創刊、1971年(昭和46年)ころ休刊〔。いわゆる「戦後四大婦人雑誌」に比して、もっとも後発であった〔女性雑誌『VERY』にみる幸福な専業主婦像 、石崎裕子、国立女性教育会館、2012年6月29日閲覧。〕。 == 略歴・概要 == 中尾是正が1958年(昭和33年)に創立した「株式会社グラフ社」が、1966年(昭和41年)10月に創刊した婦人雑誌である〔。「戦前の四大婦人雑誌」とされた『主婦の友』『婦人公論』『婦人画報』『婦人倶楽部』、「戦後の四大婦人雑誌」として第二次世界大戦後に創刊された『主婦と生活』『婦人生活』に比して、鎌倉書房の『マダム』同様、20年近く後発であった〔〔戦前期四大婦人雑誌目次集成 全36巻 、ゆまに書房、2012年6月29日閲覧。〕。創刊号のおもな執筆者は、森南海子、片岡一久、邱永漢、紅林茂夫、立石茂、柳原敏雄、岩崎静子、久米和子、安村ゆり子、坂田種男、飯塚信雄、和田静郎、久保田光江ほか〔『マイライフ』第1巻第1号、p.3.〕。 創刊当初の表紙は、マトリックス状に複数の写真が組み合わされていたが、1967年(昭和42年)6月に発行された第2巻第6号に渡辺裕代が起用されて以降、他の婦人雑誌同様に、女優等のモデルが表紙を飾るようになる〔『マイライフ』第2巻第6号、表紙。〕。おもな表紙モデルは、愛京子(第2巻第8号)、左幸子・羽仁未央(第2巻第9号)、樫山文枝(第2巻第10号)、藤純子(富司純子、第2巻第11号)、安田伸・竹腰美代子夫妻(第2巻第12号)、大空真弓(第3巻第1号)、松尾嘉代(第3巻第8号)、松原智恵子(第3巻第9号)、芳村真理(第3巻第10号)、森田敏子(第3巻第11号)、浅丘ルリ子(第3巻第12号)、長谷川稀世(第4巻第1号)、加賀まりこ(第4巻第2号)、奈美悦子(第4巻第3号)、尾崎奈々(第4巻第4号)、十朱幸代(第4巻第5号)、生田悦子(第4巻第6号)、高橋紀子(第4巻第11号)、樫山文枝(第4巻第12号)ほか。 1971年(昭和46年)ころまで月刊で発行、1972年(昭和72年)以降、単行本シリーズ「マイライフシリーズ」に移行した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「マイライフ (雑誌)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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